2019/7/14~7/15 塩竈みなと祭

宮城県のイベント情報


2019/7/14~7/15 塩竈みなと祭4.1

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 2019年7月14日 ~ 2019年7月15日

宮城県塩竈市 志波彦神社・鹽竈神社

お勧め時期1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

「塩竈みなと祭」は、7月の海の日に開催され、海上の安全と大漁を祈願し、日本三大船祭りとして名を馳せているお祭りです。
東北の夏祭りの先陣を切るお祭りとして盛大に開催されています。

宮城県塩竈市にある志波彦(しわひこ)神社・陸奥国一之宮鹽竈(しおがま)神社のお神輿を、御座船となる「鳳凰丸」「龍鳳丸」に乗り入れ奉安し、吹流しやのぼりをなびかせた約100隻の供奉船を引き連れて、大漁旗を掲げ太鼓や笛などを鳴らしながら神輿海上御渡する祭りです。
海の祭典としては全国有数の規模であり、市中心部では「よしこの塩釜踊り」などのパレードが繰り出され,市内を練り歩きます。
さながら平安絵巻を見るようで、勇壮な祭りです。

前夜祭と本祭に分かれている塩竈みなと祭は、花火・縁日・海上神輿渡御・陸上パレードと、陸海空で楽しいイベントが行われます。
音楽ステージやダンスなどもあります。

本祭りのスケジュールは、10:30に神輿海上渡御開始から始まり、12:00に三部に分かれて行進される陸上パレード、14:00からは約15分と短い時間になりますが、供奉船に先着200名様限定で乗る事が出来ますので、体験乗船をしたい方はマリンゲート塩釜に開設される受付に行きましょう。
旗をたなびかせながら列をなして走る船団はとても爽快で迫力あります。

神輿渡御の見どころは、
①志波彦神社・鹽竈神社の神輿2基が202段の表坂をご同列で下りられるとき、
②それぞれの神輿が御座船「龍鳳丸」・御座船「鳳凰丸」に奉安され、大漁旗を掲げた約100隻もの供奉船を従えて海上渡御(※1)御発船のとき、
③海上渡御から戻られたそれぞれの神輿を「塩釜甚句」がうたわれる中、1日神輿を担ぎ続けた輿丁(白装束の氏子の男性)が最後の力を振り絞り、202段の石段を登って行く神輿還御のとき
※1)神輿海上渡御:陸奥国一之宮「志波彦神社」・「鹽竈神社」の御神輿を奉安した御座船「龍鳳丸」・「鳳凰丸」が日本三景松島湾を巡幸します。

交通:JR仙石線本塩釜駅から徒歩10分、または東塩釜駅から徒歩10分
例年の人出:約7万5000人
人気度:宮城県内で1位

前夜祭:縁日広場・ステージショー・花火大会
 日時/2019年7月14日(日)~20:50頃
塩竈みなと祭(前夜祭)と言えば、まずは約10,000発ほどの「花火大会」7月14日 20:00~20:50に開催します。
その他、普段間近で見れない海上保安庁で使われている巡視船・測量船や洋上救助訓練などを見る事が出来ます。
お子様が大喜びをする数々の屋台がひしめき合う縁日広場は、15:00~20:50で営業しています。
他にもステージパフォーマンスなども同時に楽しむ事が出来ます。

本 祭:海上神輿渡御・陸上パレード・よしこの塩竈踊りコンテスト
 日時/2019年7月15日(月・海の日)10:00~19:00頃

【イベント開催の有無などは、主催者のページでご覧ください】

http://kankoubussan.shiogama.miyagi.jp/

目的お祭り大好き,パレード,パワースポット,ビーチがある,大自然,家族向け,日本の花火,観光名所,遊ぶ,食べ歩き
最寄り空港/駅本塩釜駅 (約0.9km) Google Transit

口コミ

5.0過去 1 週間以内

塩竈市へ行くたびにお伺いしてます。いつもお出迎え頂いて塩竈様を感じています。今日は一年の御礼と感謝をお伝えする意味で拝礼させて頂きました。ぴりっと空気感が違います。我々夫婦の拠所 これからもお伺い致しお詣りさせていただきたいと思っております。

5.01 か月前

奥の細道 第20の段 「塩竃明神」
御神祭は別宮の塩土老翁神、左宮の武甕槌神(鹿島明神)、右宮の経津主神(香取明神)です。奥の細道には「國守再興せられて」とあり、政宗が再興したことを指します。
鹿島明神、香取明神および春日明神は藤原氏の先祖神であり、伊達氏も藤原氏の裔とされています。そもそも政宗はこの辺りに築城を望んだ地理的要所ですが、家康が許したのは青葉山でした。 奥の細道の解説は境内にある「奥の細道の碑」に記載します。

手水舎の横に国歌の2番が書かれていました。1番は詠み人知らずですが、2番は源頼政です。 「頼政」の文字を読んだとき平家物語の「競」の段”木の下”を思い出しました。
”こころ”の中に潜んだ闇、23歳の春に清算した闇が蘇りました。刹那、心の中に聞こえる声がありました
「この鎮守の杜には、あなたを害する者は入って来ません」
それは、あたかも古事記の記す、塩椎神が虚空津日高神に仰った暖かいお言葉のようにも聞こえました。
手水舎で口を漱いだ際、同行の家内は手前の目に光るものがあったことを識っていたでしょうか。このように格式の高い神社に一見の訪問者がこれ程の温情を賜ることは”恐悦至極”意外に適語を識りません。
 昔、敬愛したF1パイロットの言葉の盗用を含みますが、
(手前に)笑うことを教えてくれた家内と一緒にこちらに参拝できたことは生涯忘れることは無いでしょう。

<補足>
手前の文章は卯の舵を切っていて今更なのですが、
国歌を歌うことに些かでも疑念を持つ方はお読みにならないで下さい。
今では事件になる話ですが、昭和の頃は体罰や言葉の暴力がかなり横行していた時代です。
手前の小中学校時代に教師に対する良い思い出は殆どありません。
顕著な例として、中学の時に国語教師に名札を忘れて、他にも複数対象者がいながら、自分だけ力一杯張り倒された事がありました。体育教師は体育着を人に貸した(正しくは友人が自分に無断で勝手に借りていった)ということで、体育教官室に呼び出され、汚い言葉で罵声を受け、さらに齢40を超えた教師は、12歳のガキ相手に竹刀を持ち出し、床を連打しながら威嚇して指導しました。今ならともかく、12歳の手前には何の言葉も発する事ができませんでした。サッカー部の顧問だったこの教師と、この密室の出来事は手前の”こころ”を損傷させて、後遺症として残っていて、サッカーリフティングを見ると床を叩く竹刀の音が蘇り深い恐怖に襲われます。サッカーを愛し、多くの時間をサッカーに費やして来た方には本当に申し訳ないのですが、かつてはコナン君も恐怖で見られない程でした。愛好家の多いものは、それだけ異端者の絶対数も多いものも分かっているつもりですが、やはり、だめなものはだめでした。
夏目漱石の作品の一節ではないが「仕方がないから泣き寝入りしたと思われちゃ一生の名折れだ」という気持ちが僅かながら当時あり、職業を選ぶ事があっても絶対教師だけは選ばないと決め、「名折れ」にならないためにも教師になるために必要な大学は卒業したいと考えました。
素晴らしい恩師との出会いもあり、大学生になれましたが、手前の「身の丈」より高い大学であったため、進級は苦難を極めました。その度、あの頃の屈辱を思い出し乗り越える事ができました。大学を卒業したとき心の底から泣きました。そしてこの厄介な出来事もノーサイドを迎えることができました。ノーサイド後なので書くつもりは無かったのですが、国歌の歌を読み、こうして家内と二人で鎮守の杜を訪れ、他人を羨むことなく、祖国に宿る神々の神恩に感謝できるようになった今だからこそ書き留めておかねばならない歴史なのかもしれません。

5.01 か月前

何かあればここで参拝します。名実共に陸奥で一番の神社だと思います。四季を感じることができる庭。海が見渡せる高台。そしてなにかパワーを感じる雰囲気。いつ来ても参拝者がいないことはありません。

5.01 か月前

宮城県塩竈市にあるとても大きな神社です。春は桜の名所として有名ですが、秋の紅葉の季節も素敵です。
安産祈願の御利益があるそうで、とても賑わっていました。
高台にあるため、坂が多く、いい運動になりました。
写真のタラヨウの木は樹齢500年だそうです。

5.03 週間前

鹽竈さまありがとうございます。
またの参拝心待ちにしております。
社のある高台から港町塩釜の姿がちらりと見えました。コンパクトできれいなまちですね。後で調べたら塩釜は東北で一番人口密度が高い街だそうです。確かに。しかも可住地域の人口密度といったらもっと高いはず。ぎゅっと詰まった沖縄の街みたい。