常紋トンネル

北海道の観光情報


常紋トンネル3.9

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お勧め時期1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

JR北海道にあるトンネルのひとつ、常紋トンネル。心霊好きの方で、この名前を知らない人はいないといってもいいほど有名なスポットである。近くの常紋駅の駅員やその家族が病気になったりと、建設当時から心霊現象が数多く発生していた。1970年の十勝沖地震の際、壊れた壁から500体もの白骨死体が見つかったというのが恐ろしい。国内で唯一、人柱の存在が確認されたトンネルである。施工当時、重労働と栄養不足から労働者が次々と倒れ、倒れた労働者は治療されることもなくここに生き埋めにされたという。想像するだけでもゾッとするが、実際にいってみると重々しい雰囲気があたり一面に漂い体が一気に重くなる。霊感が非常に弱い人でも、何か感じてしまうようだ。
※当サイトでは、いかなる損害が発生した場合にも一切の責任を負いかねます。恐怖スポットへ行かれる際は全て自己責任でお願い致します。危ないと感じたらすぐに引き返してください。

目的カップル向け,スリル満点,恐怖スポット
最寄りの空港/駅新千歳空港 (約190.1km) Google Transit

口コミ

5.01 年前

本トンネルは凄惨過酷なタコ部屋労働で建設されたことでも有名である。本州から集められた「タコ」とよばれた労働者は、わずかな食事と過酷な労働から、1914年10月の工事完了までの間に100人を超える死者を出した。
施工当時、重労働と栄養不足による脚気から労働者は次々と倒れ、倒れた労働者は治療されることもなく体罰を受け、遺体は隧道や現場近くの山林に埋められたといわれる。これについては、山菜取りに来た近隣の住民が、人間の手や足の骨を拾ったという話もある。

開通後、トンネル内でしばしば急停車事故が起こったりもしたため、慰霊目的として、日本国有鉄道(国鉄)中湧別保線区は、当時の町長の協力を得て、1959年(昭和34年)に常紋トンネルから留辺蘂町側へ約1キロメートル進んだところに歓和地蔵尊(かんわじぞうそん)をつくった。その地蔵尊の裏側にある空き地からは、これまでおよそ50体の遺骨が国鉄職員の家族らによって発掘されており、毎年6月に供養祭を行っている。

監督の指示に従わなかったために、スコップなどで撲殺されたタコ労働者が、見せしめのためにトンネル内に人柱として立てられたという話が言い伝えられていたが、1968年(昭和43年)の十勝沖地震での壁面損傷に伴う改修工事を行ったところ、1970年(昭和45年)9月、常紋駅口から3つ目の待避所の拡張工事中に、レンガ壁から60センチメートルほど奥の玉砂利の中から、頭蓋骨に損傷のある人骨が発見され、人柱の伝説は事実であったことが明らかとなった。

その後の発掘調査で、さらに10体の遺体が発見収容され、留辺蘂町共同墓地内の「常紋トンネル殉職者之墓」に納骨された。また1980年(昭和55年)11月、当時の留辺蘂町と追悼碑建立期成会によって、金華信号場西方の高台(金華小学校跡地)に石北本線を見下ろす形で「常紋トンネル工事殉難者追悼碑」が建てられた。

4.011 か月前

悲しい歴史のあるトンネルです。心霊スポットとして有名ですが、ヒグマの棲息地でもあるので安易に近づかないことです。単独行などもってのほかです

3.01 年前

心霊スポットして有名。人柱があったトンネル。

5.011 か月前

人骨が埋まっているトンネル。
タコ部屋労働の結末です。

3.02 年前

蛸部屋労働の事実。(Wiki)書物より。
人の命は驚く程に、軽く扱われた時代。人権は無きに等しい。明日、生きるか死ぬか分からない、食う者と食われる者。
半強制労働の環境の中、見せしめ、うさ晴らし的に日常化したリンチと派閥争いの暴力。賃金は、高額な酒、博打で消え、吸い上げられる仕組み。荒んだ環境は次第に正気を保て無くなる。待遇はボロ雑巾で飼殺し、だが、食うため、生きる為に仕方ない人、騙され売られた人も多い。地理的にも人為的にも逃げれない環境。北海道開拓、戦前のダム、鉄道建設には多くの犠牲が存在した事実を忘れ無いようにしたい。
先人が様々な経験で、人道上にも良い方向に画策して築いてきた現代の恵まれた社会福祉と環境。当時の社会環境と比較するには根本的に違うが、現代のブラック企業なんて、「天国」に近い。
夏と冬に、82系を撮り鉄に行ったが
情報を得られない時代故に熊とか出るし、恐いもの知らずだった。
トンネルから帰り、疲れて金華駅で昼寝したら強烈に体調を崩し、残り10日の旅が憂鬱に。何かあるのか、そして2ヶ月間体調不良で耳管狭窄症が続く、耳の籠る音で発狂寸前だったを思い出す・・・

レビュー (1)

(匿名)



wow

訪問時期2012年

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