知恩院

京都府の観光情報


知恩院4.2

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お勧め時期1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

東山地区にあるこの壮大なお寺は、京都でもっとも巡礼者の多い場所だ。知恩院は1234年に、浄土宗派を開いた法然(ほうねん)が亡くなった場所に建てられた。17世紀に、浄土宗を信奉する徳川幕府の1~3代の将軍が、この寺の敷地と建物を大規模に拡大造築し、今日のような巨大な寺院となった。

最初にこの寺を訪れると、入口にある巨大な三門(さんもん)に圧倒されるはずだ。高さが24m、幅が50mもあり、日本最大の木造の門となっている。本堂もとても大きく、開祖の法然の像が祀られている。また、境内の主要な建物を結んでいる石の通路や階段もゆったりとした空間をつくっている。本堂の裏側には、17世紀の僧侶が設計した日本式庭園が広がっている。

目的パワースポット
最寄りの空港/駅大阪国際空港(伊丹空港) (約39.2km) Google Transit

口コミ

4.01 週間前

浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは、江戸時代以降である。徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれている。
なお他流で門跡に当たる当主住職を、知恩院では浄土門主(もんす)と呼ぶ。
知恩院は、浄土宗の宗祖・法然房源空(法然)が東山吉水(よしみず)、現在の知恩院勢至堂付近に営んだ草庵をその起源とする。法然は平安時代末期の長承2年(1133年)、美作国(岡山県)に生まれた。13歳で比叡山に上り、15歳で僧・源光のもとで得度(出家)する。18歳で比叡山でも奥深い山中にある西塔黒谷の叡空に師事し、源光と叡空の名前の1字ずつを取って法然房源空と改名した。法然は唐時代の高僧・善導の著作『観経疏』を読んで「専修念仏」の思想に開眼し、浄土宗の開宗を決意して比叡山を下りた。承安5年(1175年)、43歳の時であった。「専修念仏」とは、いかなる者も、一心に弥陀(阿弥陀如来)の名を唱え続ければ極楽往生できるとする思想である。この思想は旧仏教側から激しく糾弾され、攻撃の的となった。法然は建永2年(1207年)には讃岐国(香川県)に流罪となり、4年後の建暦元年(1211年)には許されて都に戻るが、翌年の1月、80歳で没した。

4.0過去 1 週間以内

四条河原町から八坂神社、坂本龍馬と中岡慎太郎乃銅像を拝んで、たどり着いたら知恩院の広い広い境内でした。京都には何度もお邪魔していますが、初知恩院さんでした。今回は梅雨前のとても暑い日でしたが梅雨のシトシト降りの日が似合いそうな場所だと思います😁

4.02 週間前

朝、6時過ぎに静けさの中でお経の声がするので声に引かれるようにその坊に入って行きました。大きなお部屋の中に15人位の人(檀家?)がいて和尚人と木魚を叩いているお坊さんが二人。お経が終わると和尚人の説法が始まりました。浄土宗のお寺と言うことで南無阿弥陀仏と生きている時に唱えることで、極楽浄土に楽に行けると言うような説法だったような気がします❗面白おかしく上手にお話していただいて…私は浄土宗ではないのですが何か心に響くお言葉をいただいた気がします。もう、一度聞きたいと思いました‼️

4.01 か月前

八坂神社の参道を登りながら進んでいくと知恩院の入り口に着く。拝観料が無料だが、門中に僧侶が、志(寄付)の箱を持って立っておられた。京都で強制的に料金を取らないのは珍しい。立派な門を通ると、すぐに急勾配の階段。段差も小さくなく、ヨッコイショと昇る。足を滑らせるとかなり危ない感じを受けた。階段の脇には上り坂の通路が併設されており、そちらから行くのが無難。上り切ると、広場風の場所になっており、休憩するためのベンチ、自販機等も置いてあり、丁度良い感じ。広場内の本堂は、鶯張りの廊下が有名。二条城の鶯張り廊下より、音が低い感じか。他の観光名所と違い、境内が広いため、外国人が多いものの混雑している感じを受けない。有名な門、本堂とも一見の価値がある。是非とも観光コースに入れることをお薦めする。

5.02 週間前

壮大なお寺の景色。ここの景観は、本当に、1番二ホンらしさが感じられる場所。周りの樹木の配置や、凛と佇む様子が美しく、清々しい思いに耽ります。

レビュー (0)